30代に入った頃からかな。車中泊でスノーボードに行った帰り道から数日間、肩凝りのヒドイ版みたいなんが続いたり、右手がしびれたり、一番多いのが左の肩甲骨付け根あたりに刺すような痛みが続く事が増えてきました。
数年前、精密検査やら色々と調べた結果、どうやら頚椎の神経痛らしい事が判りました。
頚椎のアーチが無いんだって。
仕事柄ノートPCを一日中のぞきこむ生活を10年位続けているので、大いに関係あるんでしょう。
職場のPC環境も、外部モニタにしてみたり、それを高い位置にセットしたり、色々工夫しています。
最近では、土日に激しく疲れるだけで再現する様になってたんですけど、先日引越しまして、その荷物運びの結果、1週間程度痛みが続いています。
世の中には同じ悩みの方もおられるようで・・・
頚椎症だったんすよ
頭痛の症状が似ています。
過去に突発性難聴をご経験の所も一緒。相関関係あるんでしょうか。
参照サイトがイカしてたのでメモ。
仕事に集中出来ないので、痛みだけでもなんとかしたいんだけどなぁ。
ワタクシ、常々携帯とPCは総モバイル化して、マルチタッチインターフェースのタブレットPC、iPhoneのでかいのみたいなんかキンドルみたいなんに収斂すると思っておりまして。
ASUSからマルチタッチインターフェースに対応したタブレット型ネットブック EeePC T91MT が発売されるそうです。5万9800円。
こいつは、イメージ的に近いっす。
デジタルデバイドを解消するには、価格が半額位になり、OSももうちょっとシンプルにならんとアカンでしょうね。Chrome OSみたいな。
2010/01/28 追記
Appleのタブレットデバイス(iPadって言うんだって)が発表されたみたいだけど、Safaliでフラッシュ使えないんじゃあなぁ・・・
ある大学でこんな授業があったという。 : ひろゆき@オープンSNS
かなりいい話だと思ったので、ほぼ全文引用。
ある大学でこんな授業があったという。
「クイズの時間だ」教授はそう言って、大きな壺を取り出し教壇に置いた。
その壺に、彼は一つ一つ岩を詰めた。壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞いた。
「この壺は満杯か?」教室中の学生が「はい」と答えた。
「本当に?」そう言いながら教授は、教壇の下からバケツいっぱいの砂利をとり出した。
そしてじゃりを壺の中に流し込み、壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていく。
そしてもう一度聞いた。
「この壺は満杯か?」学生は答えられない。
一人の生徒が「多分違うだろう」と答えた。
教授は「そうだ」と笑い、今度は教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出した。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、三度目の質問を投げかけた。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声を揃えて、「いや」と答えた。
教授は水差しを取り出し、壺の縁までなみなみと注いだ。彼は学生に最後の質問を投げかける。
「僕が何を言いたいのかわかるだろうか」
一人の学生が手を挙げた。
「どんなにスケジュールが厳しい時でも、最大限の努力をすれば、
いつでも予定を詰め込む事は可能だということです」
「それは違う」と教授は言った。
「重要なポイントはそこにはないんだよ。この例が私達に示してくれる真実は、
大きな岩を先に入れないかぎり、それが入る余地は、その後二度とないという事なんだ」
君たちの人生にとって”大きな岩”とは何だろう、と教授は話し始める。
それは、仕事であったり、志であったり、愛する人であったり、家庭であったり・自分の夢であったり…。
ここで言う”大きな岩”とは、君たちにとって一番大事なものだ。
それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと、君達はそれを永遠に失う事になる。
もし君達が小さな砂利や砂や、つまり自分にとって重要性の低いものから自分の壺を満たしていけば、
君達の人生は重要でない「何か」に満たされたものになるだろう。
そして大きな岩、つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、その結果それ自体失うだろう。